機械学習のアルゴリズムを作っていると、

「戦略とはニューラルネットワークが作られていく過程と実に似ているな」

とよく思う

基盤となるモデルがあり、データを放り込み、学習がなされ、最終的には上手く行くパラメタ群になっていく。

結果的に成功しているアルゴリズムのパラメタを取り出して個別の数値を見てもよくわからないのだが、全体としては上手く機能している。

戦略が作られ、実地での学習を経て最終的に当初は予期はしていなかったが成功する。解剖して個別の要素を見てもよくわからない、というのは戦略論を彷彿させる。

また、楠木建先生の「ストーリーとしての競争戦略」を読み直しながらインスパイアされたという点からも着想を得ている。

本日は「戦略とはネットワークである」というアイデアとその実務的な創出過程について説明したい。

戦略ネットワークって何?

個別のアセット・要素がネットワークを形成し、最終的に「戦略目標」を達成するという様を図示すると上のようになる。

その中では「他社はリスクが高い・成功しないと思っているからやらないが、自分は成功すると知っている・思っている」というピーター・ティールが言う「大切な真実」が含まれている。

「ストーリーとしての競争戦略」中で引用されていた【「バカな」と「なるほど」】という書籍の言葉で表現するなら、他社が「バカな」、と言う内容が「大切な真実」というものだ。同質化を防ぐため戦略は少々の逆張りが必要だ。

逆張りが多すぎると、リスク過剰で全体が機能しない。1つ2つの逆張りを配合し秘伝のレシピを作る、というのが実務的に機能するものとなる。

よくよく思えば料理にも似ている。基礎を無視すればただのまずいカレーにかならないが、全く教科書的なレシピでカレーを作っても面白みがない、わざわざ店に来る理由にならない。少々の逆張りがよいのだ。

上のように見ると意味がわからないが、単純な具体例を挙げるとすれば以下のようになる。

戦略目標としては「Xという商材を売ること」。

リード獲得は展示会、リスティング広告、検索流入で主に実現する。営業は15分ヒアリングを実施した後、有望であればクローザーが直接説明をする。

ここで「大切な真実」がある。他社はまだ「Yという技術は実用的水準にあると思っていないが、実は特定用途では既に機能する」ということに気づいていない。

そうであればYという技術を活用しセグメント特化戦をやれば非常に勝ちやすい、ということだ。

この中ではリード獲得部隊、営業部隊、商品開発部隊等の要素が登場する。

リード獲得部隊と営業部隊の関係性は固有なものであり、類似のものは他社でもあれど、全く同じものは世の中にはない。これの集合たるネットワークはより固有になる。

このように個別の要素(ノード)が他のノードと固有な関係性(リンク)を形成した固有な塊のことをネットワークと呼ぶ。

会社の「強み」って何?

これは私の書籍である「インサイト中心の成長戦略」にも書いたのだが、会社の強み、すなわち独自性とはネットワークである。

個別の要素に注目すると一見分かりやすく見える。

「この技術が強い」「特許を持っている」「営業が強い」

ただ個別の要素はコピー出来る。個別の要素だけでは持続的な優位性を形成しない。

特許についてはよく聞かれるのだが、多くの要素と組み合わせることで間違いなく強い防壁の1つとして機能する。

一方で「この特許を活かした新製品を作ろうという検討をしています」というプロジェクトはほぼ失敗する。これは個別の要素が持っている価値を過大評価し、実質的な競争力となるネットワーク全体を見ることが出来ていないからだ。

困ったことに、このネットワークが持つ競争力というのは言語で端的に表現不能である。この説明不能性もニューラルネットアルゴリズムを彷彿させる。

IRや企業分析では端的に「この会社の強み」を述べることが求められるのだが、過度な単純化をしてしまうことが常である。実際その会社が儲かっている理由は独自のネットワークを形成していることにある。

自らが経営者であるならばこの複雑かつな巨大なネットワークを体感出来ていないと自社が出来ること/出来ないことの境界線を捉えることはできないだろう。

戦略ネットワークはどう構築される?

さて、ここからが問題だ。成功しているネットワークを見て、結果論的に「このネットワークは機能している。特に重要なのはこのノードとこのノードであり…」と解説をすることは出来る。

問題はその複雑なネットワークをどう構築していくかということである。

これはなにせ難しい。そもそも自社が活用出来る要素は何があるのか、それぞれの要素はどの程度機能するのか、個別の要素を結節させた際にはどのようなリンクが形成されるのか、それらを組み合わせ限定された資金と時間内で戦略目標達成に寄与させることが出来るのか。

上を考えただけでも巨大な不確実性を持ち、計算で「確率」たるものすら算出出来ないということはよく分かるだろう。

超単純化したモデルにトライしてみよう。

事業に活用出来る主な要素と事前に特定しN個であると決めることが出来たとしよう。

その能力を単純にc1,c2,c3…cNと定義出来たとしよう。

それではN個の要素がそれぞれにリンクを大なり小なり結ぶとしよう。3つが関わる場合、2つが関わる場合様々あると考えるとNC2+NC3+…という小規模ネットワークがあり、それぞれが機能する確率をp1,p2….

ああ、もう無理だ。モデル化なんて考えられるはずもない。このように(?)、企業の実態たるネットワークというのは事前に計算不能というのが厄介な問題なのだ。

「新規事業が成功する確率」的な概念は結果からは計算出来る。すなわち試行回数を定め、成功数たるものを定めれば機械的には一応計算出来る。ただほとんど意味のない数値だ。

学生が解くケース問題のように「この確率を上げるためには試行回数を減らすか、成功数を上げればよいことが分かります」という愚かな結論しか導かない。(試行回数を減らせば学習が不足し、成功数も減る、という効果も現れるので実に無意味な数字だ)。

いやいや、それでは当てずっぽうしかないのか?「戦略策定」たるものに意味はないのか?となるとそうでもない。

事業創出実務としてのネットワーク形成

最初から要素数が多いと失敗する。

要素の発見と能力の把握には金も時間もかかる。それぞれを結節出来るか検証し、トライすることにも金と時間がかかる。

つまり極めて重要なノードを限定し、そのノード間の結節に注力をしなければならない。

結節にトライすることにはコストがかかるため、難しいと思ったなら即座に方針を切り替えることが出来なければネットワークを形成することは出来ない。

1つ1つの結節に「検討し、数を重ね検証し、議論を重ね…」という方針をとっていたのではネットワーク形成へのトライは最初から破綻している。

計算不能な巨大ネットワーク形成というタスクに挑むにあたって議論・論理的思考・計算はあまりにも使い物にならない。現実に起きていることをありのままに直観し即断即決を連続しなくてはならない。

即断即決をするためには判断基準が明瞭である必要がある。これは「戦略目標に寄与するか否か」だけにする必要がある。

「これをしたらあの人が気分を害するかもしれない」「自分が野蛮な人間と思われるかもしれない」というノイズが介入すると失敗に導かれていく。

無意識的に多正面作戦を展開しているからだ。特に「いい人だと思われたい作戦」と「事業を成功させたい作戦」の相性は最悪だ。せいぜいどちらかに絞るべきだ。

上で書いた概念を図示すると以下のようになる。

特に事業初期はノード数を絞る、結節を試みるリンクも絞る。複数のノードを結節させ、戦略目標達成が微弱でもよいので前に進んでいる状況を作る。

長期一貫性が基本的な競争力

このネットワークは複雑で巨大であるほど模倣可能性は低くなるので競争力は増していく。

個々人の社員は「巨大ネットワーク構築」という超不確実な問題に挑むのではなく、主には既に形成されたリンクの保持強化に取り組めばよいので不確実性が下がる。

リーダーも限定された小規模ネットワーク構築に挑めばよい。

これを長期継続していれば強いネットワークになっていく。一方で「戦略目標」「極めて重要なノード(大切な真実)」がずれるとネットワークの組み直しをしなくてはならなくなり、大規模ネットワークの形成には失敗する。

「戦略目標」「極めて重要なノード(大切な真実)」を変えず巨大なネットワークを作り続けるというのが企業が競争力を強化していく基本的な方針となる。

撤退のとき・

よく「新規事業の撤退はどう判断しているのか」と聞かれる。私にとっては結構シンプルである。

1.戦略目標に価値がないことが判明した(とある価値を提供しようとしたが、客はそれには金を払わないことが分かった)

2.「大切な真実」が真実でないことが分かった

3.ネットワークを組み上げるコストが創造を遥かに上回り、他にもっと効率がよいものが見つかった

過去経験ではほとんどが3番目の「他にもっと効率がよいものが見つかった」である。1と2でコケるならばあまりにセンスがない。特に1でコケるのはあまりに酷い失敗だ。ほとんどは顧客との対話を行っておらず社内議論だけに逃げていることに起因する。無償POCを続け、厳しい問いに向き合うのを先延ばしにしている。

要はコケるのが怖くて先延ばしにしたことによる失敗である。

企業が崩れるとき

ちなみに新規事業のみならず「企業が崩れるとき」は「ネットワークの寿命が尽きたとき」である。

ユートピア論には「ネットワーク(要はビジネスモデルや中核技術)が変わっても顧客価値に忠実であればよい」という主張もあるが、これは無理だろう。

顧客価値、例えば「食品を冷やしたい」「移動を楽にしたい」に忠実であれば企業が繁栄出来るならば何故我々は元馬車業者の自動車会社や元氷屋の冷蔵庫メーカーを見ていないのだろう。

大きな変革を乗り切るドラマチックな企業ストーリーは稀には見られるが稀である。世界的に有名な事例は稀だからこそ有名なのだ。

企業の本体は戦略目標ではなく、ネットワーク側である。戦略目標に忠実にネットワークを組み直せばよいではないか、というのは幻想であろう。

戦略屋は不確実性にどう向き合う

上でくどくど話したように、戦略は巨大・複雑なネットワーク形成に挑むということである。

戦略屋が難しい問題に「難しいですね」と言っても意味がない。

戦略屋に求められるのは主に以下だと思っている

  • 意味のある戦略目標を明示し、一貫性を貫く
  • 自社アセット(ノード)を活用し形成出来る独自ネットワークの絵姿を示す
  • その中でも急所である「大切な真実ノード」を見出す。
  • 初期段階は不確実性を減らしながら小規模ネットワークの形成を進める
  • 長期一貫性を貫き巨大ネットワークを形成していく

このセットが出来ない戦略屋はほとんど意味を持てないだろう。

今私は「初期段階は不確実性を減らしながら小規模ネットワークの形成を進める」をやっていることが多くなってきた。直観を研ぎ澄まし、この問題に挑んでいきたい。