『シマノ 世界を制した自転車パーツ ―― 堺の町工場が「世界標準」となるまで』
という書籍を読んだ。これは2003年の書籍なのだが、学びが多かったので読書感想文として整理したい。
特に印象的なのは、プロ視点・エンジニア視点・営業企画視点という複合的な視点を社内でぶつけ合わせながら、製品を生み出していくフローだ。
これは多くの企業の製品創出フローにとって参考になることだろう。
視点ごとの特徴
本書から読み取れる、シマノが製品を生み出すうえで重視してきた視点は、以下の三つに整理できる。
A. 自転車レーサー(プロ)の視点
B. 2種類の社内エンジニアの視点
C. 営業企画の視点
それぞれの特徴を見ていこう。
A. 自転車レーサーの視点
自転車レーサー視点の利点としては、重量・耐久性・操作性という観点で非常にシビアに評価を行うことが挙げられる。選手やチームから高い評価を得て実戦で採用されれば、それ自体が強力なプロモーションになる。
同時に、シビアだからこそスイッチングにも慎重なことが多い。使い慣れた道具から切り替えれば、性能向上の恩恵を得られる可能性がある一方で、新製品に内在する耐久性などのリスクも引き受けなければならない。
シマノは、ロード分野では主にヨーロッパ、MTB分野ではその発祥地であるアメリカを重視し、現地のチーム・レーサーと密接な関係を構築し、素早くフィードバックを取り入れ続けていった。
また、シマノは早くからアメリカ市場との情報伝達速度を重視していた。1960~70年代のエピソードとして、「アメリカの昼間に受けた要望を、夕方に堺の本社に打電する。日本は朝にそれを受けるわけで、アメリカが寝ている間に対策を考えて返事をする。アメリカ人もこれには驚いた」という例が挙げられている。シマノが発揮したフィードバックの速度を示す好例である。
注意が必要なのは、開発の発想すべてを選手の意見に依存することはできないということである。選手は、与えられた条件内でベストを尽くすことを優先する傾向がある。例えば、「変速操作も実力のうち」と考える選手からは、「誰もが簡単かつ正確に変速できるようにする」という、当時の常識を覆す発想は生まれにくい。
B. 2種類の社内エンジニアの視点
シマノ内には、元レーサーや自転車好きのエンジニアが多く存在する。同時に、自転車好きではない人間も必要だという考えが持たれている。
シマノの元技術部長・取締役であった長野正士氏は「開発には二通りの人間が必要だと言い切る。自転車好きとそうでない者。好きな人間なら、不便なことでも厭わない。だから改良するべき部分を見逃してしまうこともある」と語る。
例えば、かつてはブレーキケーブルは昆虫の触覚のようにハンドルから飛び出していた。
自転車乗りの開発者は「ケーブルがないと自転車に乗った気がしないんですよ」と言ったが、「そうは言うても、飛び出していたら邪魔くさいやろ。もうちょっとすっきりさせようや」と他の開発者から意見が上がる。このようなやり取りが多くあったようだ。
C. 営業企画の視点
1981年から、シマノはお客さんの声を聞き、営業・製造・開発という三者の調整をしていこうということで営業企画部を立ち上げた。1976年のモントリオール五輪で6位入賞を果たした長義和氏は、この営業企画部の一員となった。
「シマノのエンジニアというのはとても優秀なんだけど、やはり市場で何が一番求められているのかという話に疎い。純粋なエンジニアばかりだから、やることや宿題が決まっていればそれを克服する力は非常に高いけれど」(長氏)という課題意識があったことが背景となる。
開発担当と営業企画担当のコミュニケーションは、「1、2時間ぐらい、うだうだとしゃべるわけ。話し合っているうちに、自分が何をしたいのかということが頭の中で整理されてくる」(長氏)というように進んでいった。
異なる視点を衝突させ、バランスを取る仕組みを自社でも再現する
さて、上で説明したような方法を自社に取り入れるにはどうすればよいだろう。
例えば、以下のような視点を取り入れたいと考えよう。
A. プロユーザーの視点
B. ユーザー視点を持ったエンジニア(ただし、全員が商品のファンだと偏りが生まれる)
C. 幅広いユーザーと対話する営業企画の視点
A、B、Cの獲得には、以下のような施策が必要となる。
A:
- プロチームへのスポンサリング
- プロが活躍している現地に人を派遣する
- レーサーを採用する
B:
- 商品のファンであるエンジニアと、そうではないエンジニアの両方を採用する
- エンジニアが営業や顧客と対話する機会を増やす
C:
- 顧客や販売店と常に対話できる体制を持つ
- 営業企画が社内で製造・開発と常に対話をするようにする(対話のみならず、実際に売り込まなければ本音のフィードバックは得られないことに注意する)
自社が何かに過剰に偏っている(プロ視点・ファンの視点等)と感じたなら、バランスを取り戻すべく、シマノが営業企画という体制を構築したような施策が必要だろう。
単一の視点だけで考えるというのは、人間にとってやや楽なものだ。矛盾する問題を忘れさせてくれる。しかしながら、現実に機能するものを生み出すには、バランスという観点が欠かせない。
自社の製品開発プロセスがバランスを保てているか、見直してみるのはいかがだろうか。
*本記事で引用した発言・情報は、すべて以下の書籍から得ています。
『シマノ 世界を制した自転車パーツ――堺の町工場が「世界標準」となるまで』
山口和幸