問題提起
新たな事業を発想し、苦しい段階を乗り越え成功させるためには、長期的に一貫した目標を追求することが重要だ。
これは当然といえば当然なのだが、問題は、その「長期一貫した意思」はどこから来るか、ということである。
さらに、その「意図」は何であっても成功するわけではない。成功しやすい事業を追求する意図である必要がある。そうでないと、頻繁に見られる「頑張っているけど成功しない人」になる。
モチベーションについて相談を受けていると、次の三つが整合していないことが多い。
- 儲かる
- 会社の方針に沿っている
- 自分がやりたい
取り組んでいる事自体が褒められそうなビジネスを「自分やりたいこと」だと解釈してしまい「儲かる」を無視して突き進んだ人は多い。これでどれほどの人が失敗しただろう。
一方で、知人に「儲かりそうな戦略」を提示しても、「やりたくならない」と言って動かない人もいる。やるべきことと、やりたいことが合っていない。
そうすると、冒頭で掲げた問いは次のように書き直すことができる。
「成功しやすい事業」を「長期一貫して追求する強い意図」は、どのように作り出すことができるのか。
今回は、この問いに答えることにトライしてみよう。
まず、この問題を考えるにあたり、有用な研究を二つ紹介したい。
人はなぜハマるのか:フロー理論
著名な心理学者であるチクセントミハイにより研究された理論である。
すごくサマライズすると、人間が集中した状態に入るには、「適度な難易度の挑戦」と「成長実感」が必要であるという考えだ。そして、このフローに入っている状態は、人間にとって幸福と呼べるというものである。
多くの人が、このフローを経験したことがあるのではないだろうか。
草刈りでも、ゲームでも、スポーツでもよい。「ハマって」しまい、何時間もやり続けてしまう状態である。
例えば草刈りであれば、次の二点があり、フローの要素を備えていると言える。
- 根からきれいに除去することが難しい草を刈るという挑戦
- 刈った場所がきれいになり、草刈りの腕前が上がるという実感
壮大な目標がなくとも、自分のアイデンティティに関係なくとも、他人からの報酬が与えられなくても数時間草刈りには没頭してしまうのである!(これは私の最近の経験でもある)
仕事であれば、特に開発系の業務では容易にフローに入る。
限られた計算リソースで、いかに画像認識を動かすかというチャレンジングなタスクに取り組み、性能が徐々に上がっていく。こうした仕事にはすぐにハマってしまう。
フロー理論は、人がなぜハマるのかを説明する。
ただし、それだけでは、なぜ長期にわたり続けられるのかまでは説明できない。
人はなぜ続けられるのか:SDT
Self-Determination Theory(SDT)と呼ばれる理論である。こちらも非常に興味深い。
「人間のモチベーションは内面化されるほど、持続性やパフォーマンスが向上する」ということが、本理論の大きな主張の一つである。
この理論では、動機を五つに分類している。
- External Regulation(外的調整)
- 報酬や罰のために行動する。
- Introjected Regulation(取り入れ的調整)
- 恥を避けたい、認められたいなど、内面的なプレッシャーで行動する。
- Identified Regulation(同一化的調整)
- 「これは自分にとって重要だ」と価値を認めて行動する。
- Integrated Regulation(統合的調整)
- 行動が自分の価値観やアイデンティティと統合されている。
- Intrinsic Motivation(内発的動機)
- 行動そのものが楽しい、面白い。
下に行くほど自律性が高く、モチベーションの質が向上するという主張である。
つまり、「報酬や罰」によってのみ駆動されたモチベーションは、持続性やパフォーマンスの面で劣りやすいということだ。
ただし、外的インセンティブは否定されていない。着火剤として有効に使うことはできる。
私が過去に何らかの事業創出に成功した際も、そのきっかけの多くは外的な要因であった。内的であったことは少ない。
この理論から考えれば、始める契機自体は何でもよい。ただし、徐々に内面化された動機へ移行していくべきということだろう。
特にIntrinsic Motivationは、フロー理論とも符号する。
この理論を示す代表的な研究として、Soma Puzzle実験(Deci, 1971)がある。
学生にパズルをやらせる。
- グループA:報酬あり
- グループB:報酬なし
その後、自由にしてよい休憩時間を与えると、報酬ありの学生の方が、自発的にパズルを続ける時間が短くなった。
これは、外的な報酬が内発的動機を妨げる場合があることを示す一例として捉えることができる。
つまり、人間は報酬によって努力するだけではなく、「自分で選択し、成長を実感し、自分らしいと感じる」ときに、長期にわたり質の高い努力をするという主張が本理論の骨子である。
フローとSDTをどうつなげるか
フロー理論は、人がなぜハマるのかを説明する。
SDTは、その活動をなぜ長く続けられるのかを説明する。
つまり、まず適切な挑戦と成長実感によってハマる。
その後、活動の価値を自分の中に取り込み、自分にとって重要なもの、自分らしいものへと変えていく。
最初から壮大な目的を持っている必要はない。(以前youtubeの動画で解説したが鬼滅の刃の炭治郎やスターウォーズのルーク・スカイウォーカーもマトリックスのネオもそうである)
始める契機は、金、競争心、会社の方針、顧客からの依頼でもよい。
重要なのは、始めた後にハマり、動機を内面化していくことである。
私の提案
フロー理論とSDTを踏まえると、事業リーダーが高いモチベーションを持って、有望な事業に質の高い努力をし続けるための方針は次のようになる。
- 長期にわたり成長する需要を考察する
- 制約条件である自分の能力や資金を認識する
- 制約条件内で追求できる事業案を考案する
- 小さく着手し、フローに入る(重要!!)
- モチベーションを意識的に内面化する
- 他者に対して、本事業に取り組むべきストーリーを発信し続け、応援者を増やす(ここでは良くも悪くも引けなくなる)
特に重要なのは四つ目である。
小さく着手する際には、「適切な挑戦」と「早期の達成・成長実感」を兼ね備えるようにする。
三カ月経過しないと何も成果が確認できない、というようなものではフローに入りにくい。
毎日管理画面や開発進捗を見たくなるような状態が望ましい。
そして、外部報酬だけに依存せず、その事業を自分にとって重要なもの、自分らしいものへと徐々に変えていく。
何でもよいから始めて、まずハマる。
その後、内的なものへ取り込んでいくプロセスを推奨したい。始めないことには強いモチベーションは構築しようがない。